2010年04月23日

工場跡を森に・・・!

工場跡を森に・・・!
 遊悠人が月に一度書いている連載・・
タイムス住宅新聞の『フォトCafe』

今朝の紙面に載っている
ご一読ください~










            工場跡地が森になった
                                                    写真・文/照屋寛公
 名古屋に小用で出かけた。名古屋駅周辺は、ここ数年の間に超高層のビルや個性的なビル群が増えている。駅から十五分ほど歩くと超高層建築の光景は、五~六階の建築が並ぶ街へと変わり、住居表示の「則武」の文字が目についた。
 日本の陶器の歴史で筆頭に上げられるほど有名な陶器ブランド「ノリタケ」は発祥の地はここの則武に由来する。
工場の移設に伴い、四万五千㎡の広大な跡地と工場建築を残しながら「ノリタケの森」は入場無料で訪れる人々に開放していた。ノリタケは明治時代に日本最初の陶磁器の会社として創設された。当時のレンガ造の工場建築は時代の変遷の中で幾度も改築や修繕が加えられ近年まで永く使われていたのだ。森の中のレンガ造の工場を記念館やギャラリーに用途を変えて凛として今も建っている。建物の間の路地空間や敷地中心に向かう一直線の通路は緑とレンガ色がマッチしていてヨーロッパの街と錯覚するほどである。
 森のほぼ中央に、直径二メートル高さ十㍍ほどの円筒形のオブジェが六本建っている。これは工場の煙突跡で当時は四十五メートルの高さで名古屋のランドマークにもなっていたという。上部を切り落とし足元のレンガ造の煙道と共にオブジェとして見事に残してあった。
 訪ねた時期が冬とあって、這うツタは葉を落としていたが夏には緑の筒が夜景に映えるに違いない。敷地中央の芝生の広場を取り囲むように工場の一部解体の際に発生したレンガが積み上げてあった。その壁面に文字入りの白いノリタケ製の陶器皿が一枚づつ横一直線に並べられている。ノリタケの森には基金が創設されていて、賛同者の名前が皿に書き連ねられていたのだ。筆者も帰りに事務局を訪ね基金の申し込みをしてきた。
 近年、このような広大な土地は通り一遍の再開発となり複合ビルや商業施設になることが多い。結果、文化的建造物は排除・解体される運命にある。ノリタケの森では、新しい建築を可能な限り建設せず、産業遺構の工場の形跡を随所に残しながら森・広場として人々に開放している。
この地を訪ね、文化的遺産を後世に残す時代がきていることをあらためて感じた。(建築アトリエ・トレッペン代表・建築家)


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この記事へのコメント
みどりのたぬき さん
 
 まったく同感ですね・・
目の前の自然や文化の魅力は失って・・
後々、分かるものなんですよね~

金銭では手に入れることの出来ない遺産を
大切にしていきたいですね・・。
Posted by 遊悠人 at 2010年04月24日 09:13
「文化的建造物は排除・解体される運命にある」
まったく残念な事と思います。
東京も再開発という名のもとで趣ある街並みや
建築物が取り壊されコンクリートの塊と変貌して
います。沖縄もそうかもしれませんが、昔から
そこに住んでいた人でなく他から来た人たちが
ただ金銭目的に文化を破壊しているような気がして
なりませぬ。。。。言いすぎかな!?。。。
あぁ~!!残念だ!!
Posted by みどりのたぬき at 2010年04月23日 20:00
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