2010年10月30日

奉安殿という建築のこと・・!

奉安殿という建築のこと・・!
 昨日に引き続き・・遊悠人の連載エッセイを紹介しよう!
「奉安殿」という建築を耳にしたことがあるだろうか~

戦前から戦中に・・全国各地の学校の建てられた建築である
県内では三箇所しか残っていない!

天皇・皇后そして、教育勅語を安置していた建物だ・・
写真は石垣島にかなりいい保存状態で残っている奉安殿!

ご一読下さい


         奉安殿という建築
                      写真・文/照屋寛公
 奉安殿(ほうあんでん)という建物を知っている人も少なくなった。この建物は、戦前天皇・皇后の御真影(写真)と教育勅語を安置する施設として建てられた。内部は、総ヒノキ仕上げで安置棚が設置。戦時中は各学校の児童・職員は登下校の際には奉安殿に向かい最敬礼し、国家の主な行事には拝賀式が行われたという。
 沖縄では、全国的にも早く設置され、一八八七年(明治二十年)に沖縄県師範学校に設置されている。その後、県内の各学校に次々と建てられた。現在、国内でも残っている例は少ないようだ。県内では三箇所残っている。沖縄市旧美里国民学校、本部町の旧謝花国民学校、そして写真は石垣市の指定文化財の奉安殿。そこは、現存の奉安殿の中でもかなり保存状態がいいと言われている。現在の登野城小学校(旧登野城国民学校)の正門近くに建っていて、正面左右の門柱は奉安殿とは直接関係無く当時の学校校門にあった門柱を移設したようだ。この奉安殿は一九三一年(昭和六年)に完成した建築である。
 先日、石垣島に旧盆帰省の折に訪ねてみた。思った以上に、保存状態もよく、外観は石造建築物に見える。しかし、近寄ってみると、正面の鉄扉は腐食し劣化が激しいものの、昭和六年に建造された建築とは思えないほどの頑丈な建築物という印象を覚えた。外壁の破損部分から石造ではなくコンクリリート造であることが分かった。そして調べていくうちに、コンクリート造ヴォール型屋根の上に、天皇家の菊の紋章、その下の額壁面の皇室紋章の桐葉紋様のレリーフが外壁と共に寒水石の洗い出し仕上げがほどこされていることを知った。全体的に洋風の建築意匠で精巧・賢固に建造されている。食料に事欠く当時のご時勢、昭和初期の沖縄の建築技術の高さと、この建造物へ想いの深さをあらためて感じた。
 筆者が通っていた石垣島の別の小学校にも奉安殿が存在していたことを記憶している。しかし、現在は解体撤去され見ることはできない、校舎改築のためのようだ。このよう歴史的戦争遺産が、まだ県内各地には数多く存在するはずだ。
平和教育教材として、先人の建築技術文化のレベルの高さを知る語り部として、今日生きる我々は、後世の人々のために、その保存に努力すべきではないだろうか。
(建築アトリエ・トレッペン代表・建築家)

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